サニー号のキッチンには
甘い香りが充満していた。
「さぁ、今日はスペシャルデザートですよ〜!
ナミすわ〜ん!ロビンちゃあ〜〜ん!」
ご機嫌なサンジの声が響き渡る。
「野郎ども、おこぼれが食いたかったら、
席につけっ!」
付け足したように、男どもに声をかけると、
テーブルクロスを広げた。
「あら、甘い香り。」
「何が始まるのかしら?」
ナミとロビンがキッチンに入って来ると、
テーブルの上にタワーのような鍋が置かれていた。
皿の上には、一口大にカットされたフルーツやスポンジケーキが
山のように盛られている。
「さぁ、席について。」
鍋には溶けたチョコレートがたっぷり入っている。
「チョコフォンデュだ。行くよ!」
サンジが鍋のスイッチを入れると
ブーンとうなる音と共に、溶けたチョコレートが揺れ始めた。
男たちも勢揃いして見守る中、
タワーの一番上からチョコレートがあふれ出した。
まるで噴水のように、上から下へとチョコレートが流れ出す。
「わぁ!」
「スゲェ!」
感嘆の声が上がる。
「さぁ、串で刺したフルーツを好きなだけ
チョコをつけて、召し上がれ。」
「わぁ、オレもやる〜〜〜!!!」
「おめぇは、後だっ!」
さわぐルフィを押し留め、サンジはナミとロビンに皿を差し出した。
「ありがと。」
「ふふ、素敵なバレンタインね。逆チョコ?」
「もう、オレはいつでも、捧げたい派。」
デレデレとするサンジに構わず、
男たちは、思い思いに飲み物を飲みながら
待つことにした。
「あ、そうだ。」
ウソップが思い出したように、ポケットを探り、何かを取り出した。
「へへ、ウソップじるしのヒット商品、パクリ、第一弾だ。」
「なんだ?」
チョッパーが興味深そうに、見つめる。
「じゃ〜ん!今、巷で大人気のフチ子さんシリーズ、麦わらバージョンだ!」
ウソップの手には、小さなナミとロビンの人形が握られていた。
「へぇ、似てるな。でも、なんか、変な恰好だぞ。」
「いいか、チョッパー。これは、こうやって愛でるもんなんだ。」
そう言うと、ウソップは、ナミとロビンの人形を、二人のカップのフチに
ちょこんと置いた。
「あら。」
「なに?これ、私たちじゃない。」
変な恰好に見えた、人形は、ちょうど鍋のフチに置くと
座って首をかしげているように見えた。
「かわいい!」
ナミもロビンも思わず顔がほころんだ。
「ウソップすげ〜な、こんなの作れるんだ!」
「ったりめぇよ。オレ様は、器用だからな。」
「見ろ、こんなのも作ったんだぞ。」
ウソップが取り出した人形を
一つ一つフォンデュ鍋のフチに並べていく。
ビビにケイミーにハンコックまである凝りようだ。
「へぇ。」
男達も、テーブルの周りに集まって来た。
「あと、これもっと。」
ウソップが最後に置いたのは、
赤縁メガネに派手なシャツ。
たしぎだった。
ゾロが、目を瞬いた。
「これなんか、海軍相手に売れば、儲かりそうだな。」
やめろよ。
ゾロは心の中で毒づいた。
「なぁ、サンジ、まだか?おれ腹へったぁ〜!」
ルフィが情けない声をあげる。
「しゃあねぇな。みんな、食っていいぞ!」
「やったー!」
サンジの許しが出ると、ルフィは
待ってましたとばかりに、一気に
皿のフルーツやケーキを、どぼどぼと入れ出した。
「あ〜、ルフィ、一個ずつでしょ!
チョコが、あふれちゃう!」
「いっぱいついた方がうめぇだろ。大丈夫、すぐ食うから!」
かさの増えたチョコが、一つの人形の足をすくった。
コロン。
バランスを崩し、チョコレートの中に落ちる。
あ。
たしぎの人形だった。
まったく、人形になってもトロくせぇ。
ゾロは、沈みかけたたしぎの人形の足を
指でつまんで、すくい上げた。
ぽたっ。逆さになったたしぎの頭から
チョコがしたたり落ちる。
そのまま口元まで持っていくと、
ペロリと頭から舐める。
甘ぇ。
どうせ舐めるんなら、本物の方が
ずっといい・・・
ゾロは浮かんだ想いが顔に出ないように、
目を細めた。
たしぎをつまんだまま、自分の酒のグラスに腰掛さる。
覗き込むように、こっちを見ているたしぎは
確かに愛らしかった。
喉に残るチョコの甘さを、酒で流そうと
グラスを傾けた。
ポチャン。
ゾロの置き方が悪かったのか、もともと座りが悪かったのか、
また、たしぎはグラスの中へ転がり落ちた。
ほんと、トロくえせぇなっ!!!
「おい、ウソップ。こりゃ不良品だ。すぐ落っこちる。」
「あぁ、それはゾロ仕様だからな、いいんだ。」
「どういう意味だ?」
「ほっとけねぇだろ。」
「うるせー!」
ゾロは、笑う仲間を残してキッチンを後にする。
外の風は、冷たく火照った顔に心地よかった。
******
うわっ!
ガクンと頭が揺れて、驚いてたしぎは目を覚ました。
明日のバレンタインに間に合うようにと、
夜中に船のキッチンで、チョコレートケーキを
焼いていたところだった。
甘い香りがキッチン中に漂っている。
ちらっとオーブンのタイマーを見る。
「もうすぐですね。」
一人呟いた。
たしぎは、さっきの夢を思い出す。
チョコレートのプールに落ちるなんて・・・
きっと、この香りのせいですね。
強いお酒の香りも嗅いだような気がする。
たしぎは、チラッとテーブルの上を見る。
上に置かれた細長い箱には、チョコレート風味のお酒が
入っている。
ケーキの材料を買いに行ったときに偶然見つけた。
いつ会えるともしれない、酒好きの海賊にあげようかと
ひそかに用意したものだった。
今度はいつ逢えるかな・・・
たしぎは、ケーキが焼きあがるまで
少しの時間、目をつぶった。
逢いたい面影を思い浮かべながら・・・
〈完〉
「酒の味」で舐められたゾロ、じゃあ、たしぎも舐められちゃって!
2014バレンタイン話。
言い訳は、はこちら
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